Dec.23〜27/'02
とうとうやって来ましたNew York!
刺激の多いN.Y.に、それまで行った事のなかった少数派(?)の私は、
N.Y.は単にアメリカの大都会と言うより、
限りないエネルギーや豊かな才能に恵まれた人々が集まってくる世界の中心地・文化の発信源! 
である 卓抜した都市であると感じました。
この都市でのサクセス・ストリーは多く聞かれますが、成功への道は容易いものではないと、
つくづく感じます。

N.Y.には関しては詳しくご存知の方が多くいらっしゃると思いますので、
ここでは私にとって印象深かったN.Y.と言う観点で選んだ写真と、
それに関する個人的な感想やエピソードをご紹介いたします。

 Ground Zero
  
到着後、一番最初に弔意を表しに訪れたのがここWorld Trade Centerの跡地です。Sep.11 '01にはテレビの生中継をなんとも言い表しようのない気持ちでみていましたが、現場に立ち、改めてテロの悲惨さを実感し、犠牲者の方々の無念さを思い、テロへの怒りなどが込み上げて来ました。Holiday Seasonとあって立派なクリスマス・ツリー(左)も飾られていましたが、私にはその左側にある崩壊したビルの古材で作られた十字架(中央)の方に目を引かれました。尤も多民族・多宗教国家のアメリカでは、キリスト教徒ばかりではないでしょうから、これらを複雑な思いで見る人々も多いとは思いますが・・・。柵の中には関係者しか入れませんが、犠牲者の遺族と思われる家族が花束を持って訪れていました。また多くの観光客相手の露天商も数多く店を出していて、この辺りは凄い混雑でした。


 South Street Seaport
 Ground ZeroからEast River sideにやってきました。この辺りFlluton Fish Market(魚市場)やSouth Street Seaport Museumがある港です。musiumと言っても一般的な博物館とは違い、古い家並みや帆船等を修理して置いてある港自体が博物館で展示物です。
 さて、ここに来たのはお魚好きの主人が、普段内陸のシカゴで生活していては新鮮なお魚がないので、N.Y.の魚市場近くのレストランに行けば美味しい魚があるだろうと、思ったためですが、結果は?築地市場の場外ではあるまいし・・・と陰で言っていた私の考え通りでした。思っていたようなレストランがなく妥協して入ったseafood restaurantで、いくら水を頼んでも出してくれず・・・に始まってサービスは悪いは(後から分かった事ですが、黙って座れば水とパンが出てくるのが普通であるシカゴのサービスに慣れていた私達には、N.Y.方式が特に悪く感じられたらしく、大体これが普通なのだそうです)オーダーしたクラムチャウダーの中身はこれ一体何?と訊きたくなるような正体不明の具が入っていて・・・と、N.Y.の食事に関する第一印象は良いものではありませんでした。極めつけは、レストランの食事に腹を立てた私達、食事代の15%が目安のチップを端数(約$1)を切り捨てて、切の良い金額をテーブルの上に置いてレストランを出たのですが、ヒスパニックのボーイさんに
追いかけられて凄い勢いで文句を言われ、焦ってお財布から$2(も!)出してソサクサと退散。たかが$1・$2されど向こうにとっては死活問題なのでしょう。写真はそのレストランの窓越しに見たSouth Street Seaport です。
 N.Y.のレストランで驚いた事がもう一つありました。(これもN.Y.に限ったことではないのだそうですが)レストランで既に15%のチップが食事代に上乗せされたbillが来て、気が付かずにいたらチップを2重に支払う所でした(更にチップを上乗せしたい方用の記入欄もありました)。チップの習慣がない日本人にとっては、食後のチップの計算は面倒かつリラックスした気分が壊れてしまうと馴染めませんでしたので、この手間が省けて良いとは思う反面、強制されているようなのも嫌!と複雑な心境でした。
 生き馬の目を抜くN.Y.!とまで言ったらオーバーでしょうか。しかしN.Y.の激しい生存競争の中で生き抜くのは容易な事ではないと、この旅行中の色々な体験から感じました。


 Brooklyn Bridge

 Lunchの後、徒歩でBrooklyn Bridgeを渡りました。橋の上は風は強いものの、この日は12月にしては暖かな陽気だったので、橋を渡るには良い日和でした。


写真左は
Brooklyn Bridgeと向こう側に見えるのがManhattan Bridge。
続いてBrooklyn Bridgeから撮った3枚の写真 まず、Upper Bayに沈む夕陽とその左側に小さく小さく写っているのが自由の女神。
そしてlower Manhattan (Brooklynに向かって橋の右側)と Midtown(同左側)
 Empire State BuildingやChrysler Buildingも見えます。


 Statue of Liberty
 12月24日 自由の女神を見学する為、フェリーに乗ってLiberty Islandへ行くはずでした。テロの後長く閉鎖されていましたが、上陸が再開されたのです(像の強度に問題があるので最上部までは上がれないそうですが)。ところが船が出るバッテリー・パークのticket centerと書かれた建物の周りをいくら走り回っても窓口のシャッターは全て下りていて買えず、そんな事をしているうちに船は”蛍の光”の流れる中出航してしまいました。船着場の掲示をよくよく読んだら「Holiday Seasonのため24日は12時が最終便、フェリーの再開は26日」と書いてありました。 それを知っていたら5番街やバッテリー・パークの慰霊碑見学は後回しにしたのに・・・と言っても後の後悔先に立たずです。前年のNew Orleansでの経験から、Christmas Day前後には色々な観光スポットやお店が休業するのではないかと危惧していたのですが、「New YorkはNew Orleansと違って大都会だから大丈夫!」などと主人が安請け合いし、それを信じた私が馬鹿でした。「New Yorkよお前もか!」と言う気分で船を見送りました(;_;)/~~~。
 そこでガイドブックに書いてあったStaten Island Ferryに乗り「最も安く・最も偉大な観光コース」を楽しむ事にしました。片道20分のフェリーの運賃はFREEです。写真は船上から撮ったものです。先ほど見送ったフェリーに乗っていれば、今頃は自由の女神の足元位にはいたのではないかと思うと悔しい思いをしながら遠目に眺めた自由の女神(左)と、Lower Manhattanの摩天楼群(右)


 Central Park 
 言わずと知れたNew Yorkの中心部にある市民の憩いの場です。New Yorkの様な地価の高い都会の真ん中に、こんなに広々とした公園があると言うのは極めつけの贅沢!と思いますが、この都市を造成し始めた1840年代から、化石などがみられる地層や樹木などの自然を残すべく、都市開発を進めたアメリカ人の考え方には学ぶべき点が多いと思いました。Central Parkの東西両サイドには多くの美術館や高級コンドミニアムそしてセンスの良いブティックなど趣のある建物が並び、公園の雰囲気を一層良いものに仕立て上げています。自然や元の地形を残すべく努力したり、 都市の景観に配慮したり、と言う姿勢は、日本も都市開発をするに当たって学ぶべき点が多かったのではないでしょうか。尤も今や既に遅しですが・・・。
また公園のSouth Side  5thAv. & 59th St.には老舗のプラザ・ホテルがあります。1985年9月にこのホテルでG5が行われ、発表された為替レートに関する合意は、ホテルの名から”プラザ合意”と呼ばれています。
 写真上段左より 客待ち中の観光用馬車の列 シカゴのWater Tower前広場とは比べ物にならないほど数多くの馬車がいました。ロックフェラー・センターと並んで有名なスケート・リンク。しかし入場するにはこの長蛇の列に並ばなければ・・・。
 下段左より 25日はwhite Christmasになりました。深夜から降り続いた雪も午後には止み、Cheder hill でソリ滑りに興じる親子連れ。早速Snowmanも登場。アメリカン・雪ダルマは3段です。そしてpondもすっかり凍りつきました。