NEW ORLEANS
          

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 New Orleansは、独特な雰囲気の街でした。ミズーリ川と合流してメキシコ湾に注ぐ大河ミシシッピー川の河口にあり、交通の要所として栄え発展した街です。スペイン領とフランス領を数回行ったり来たりしている間に、亜熱帯のこの地域に独特な文化が培われ、さらに奴隷として運ばれてきた黒人達がその臭いを更に加えたのでしょう、ジャズの発祥地であり、郊外には多数のプランテーションのマンション、豊富な魚介類を使ったお料理など、アメリカの他の都市にはないエキゾチックな雰囲気が溢れています。アメリカの他の土地には・・州風の・・と言うような名物料理はありますが、独特な料理法があるのはここだけのようです。クレオール料理(ルイジアナ州に初期に入植した非アングロサクソン系の人たちの料理)とケージャン料理(18世紀の後半現ノバスコティアからイギリス人に追われて移住してきたフランス人のアケイディアンの料理)。クレオール料理の方が多少洗練されていると言われていますが、どちらもスパイスの効いたお料理で、素材は魚介類が多く、そしてご飯も・・・と言う特徴に変わりはないようです。シカゴの街で”Gumbo”と言う 魚介とオクラ(gumboはオクラの事)を使ったドローッとしたスープを、よく見かけました。ケ-ジャン料理の中でも特に全国区のアメリカ料理になったようです。
 ここでのハプニングと言えば、アメリカのクリスマス・デイ前後はお店が一斉に閉まるのを知らなくて驚きました。一昔前の日本のお正月のようです。開いていたのはホテルのクリスマス・ビュッフェのみ。シカゴに帰ってもダウン・タウンの明かりは消えていましたので、アメリカでは全国的に仕事は休み、家族で教会に行き、ホームパーティーで過ごすのでしょうか?アメリカンの常識を知らない困った日本人二人でした。

 

 French Quarter
 クレオール人たちが住んだ古くからのNew Orleans の中心の地区です。テラスを飾る鋳鉄のレース(iron lace)や、植木や花で彩られたパティオのある建物が、この辺りの象徴です。そして黒人達のストリート・パフォーマンス。ようやく歩けるようになった位の幼い子供が、ヨチヨチとバケツを持ってチップを集めて回ったりしているのですが、その背後には当然怖そうな大人の存在が・・・。「ピストルを持っていると間違えられるから、絶対にポケットに手を入れていたらいけない」と、注意されてきたのを思い出しました。
 
 Mississippi River

 ミシシッピー川沿いの遊歩道を散歩しました。水は汚いのですが、大河と言うのは風格があるものです。
 また、観光用のスターン・ホイラー(船尾外輪船 右の写真が船尾に付いている外輪です)に乗って、ジャズの演奏を楽しみながらミシシッピー川のクルーズもしました。当に観光です。
 
 Plantations
 12月24日プランテーション・ツアーに参加して、2ヵ所見学しました。クリスマス・イヴのこの日、ツアーを主催する旅行社があったことに感謝!です。ミシシッピー川沿いの沼地の中を上流に向かって走り抜けていくと、ポツポツとプランテーションが見えてきます。

Laura Plantation    
 左側2枚の写真です。大きな大きな樫の木の向こうに見えるのが母屋です。さほど大きな家ではありません。半地下の部分が農作物をジャムやワインなどに加工したり貯蔵したりする場所だったそうです。そして奴隷の小屋。このプランテーションでは、女主人の奴隷に対する扱いが酷い事に娘婿が抗議してプランテーションを廃業、長い間廃屋になっていたものを修繕して観光用にしたようですが、2004年8月火事で大部分を焼き、現在修復中です。

Oak Alley Plantation
 大きな樫の木のアーチの向こうに見える白い建物、広々した芝生、緑豊かな風光ですが、多くの奴隷達が働いていた大農場というよりも、素適な別荘!と言う感じがしました。ここは宿泊も出来ますし、結婚式も挙げられるそうで大分現代風に観光化されているようです。右の写真2枚は同じ場所に立って写したものです。このプランテーションの入り口、180度向きを変えると悠々と流れるミシシッピー川、プランテーションを支えていた川です。